能登小木港イカす会とは
メディアやSNSで一躍有名になった巨大スルメイカのモニュメント「イカキング」のある能登町小木地区。小木港は、能登空港から車で30分ほど東に位置する人口2000人の小さな港町ですが、青森県の八戸港、北海道の函館港に並ぶイカの三大漁港で、冷凍スルメイカの水揚げ量はなんと日本一を誇ります。
そんな小木港で2023年5月28日の日曜日、イカのつかみどりから、解剖教室、たくさんの模擬店まで、地元のイカを触って・学んで・味わうイカ尽くしのイベント「能登小木港イカす会」が、コロナ禍を乗り越え4年ぶりに開催されました。
このイカす会、実は昭和63年から続いてきたという歴史があります。人材や資金不足から一時休止したものの、地元の若者有志「能登小木港スマイルプロジェクト」が中心となり復活させたというから、地元にとってなくてはならないイベントであることがうかがえます。
今回は、地域の方が活躍する舞台「イカす会」の、見どころ盛りだくさんのイベントの様子をお伝えします。
漁港のエネルギーを体感できる会場
会場は「石川県漁業協同組合 小木支所」。いつもなら新鮮な海の幸が集まっている空間に、開場直後から大勢の来場者が吸い込まれていきます。
まず目に飛び込んでくるのは、イカが自由に泳ぎ回るプール。そして集魚灯を連ねたイカ釣り漁船と、会場を彩るたくさんの大漁旗。普段の生活では見られない光景に気分が浮き立ちます。
漁業組合の無骨で渋い建物や、様々な漁協名の入ったパレットが高く積み上げられた様子など、どこに目を配っても目新しく、きょろきょろしてしまいました。
いよいよ足を踏み入れると両脇にずらっと並ぶ屋台と、老若男女の出店者と来場者の人の数に圧倒されます。いたるところで「〇〇さんおはよー!今日どこにいるん?あとでこっち買いに来てや!」などの明るい会話で溢れ、開会式前から大盛り上がりとなっていました。
ざっと辺りを見渡すと、地元の商店や飲食店だけでなく、町内会、商工会や婦人会、公民館から、大学、信用金庫、海上保安署まで、小木の町を凝縮したような出店ラインナップに驚きます。
一品購入するだけで拍手して喜んでくれる婦人会のお母さんたち、慣れた手付きで丸々としたイカを網で転がす様子、大きな鍋や釜から漂ってくる漁師直伝のふるさとの香り。
能登の暮らしや活気を五感で味わえるようなアットホームな空間にやさしい気持ちになりました。
食いしん坊必見!
心底満足するイカ料理たち
やっぱりまずは食!さすがイカの祭り。イカの丸焼きにイカの唐揚げ、イカの釜めし、イカのめった汁、、、イカ!イカ!イカ尽くしです。
よくある縁日の屋台の味を想像して驚くなかれ。やっぱり地元自慢の地域に根付いたお店たちの一品は、イカの丸焼きひとつとっても、ひと味もふた味も違います。
そんな中でもひときわ人気だったのがイカのてっぽう焼き限定100本。イカの足やねぎを刻み、みそと合わせたものを胴に詰めて焼いた小木港の家庭料理です。焼くと膨れ上がり、ポーンと鉄砲みたいな音を立ててはぜることが名前の由来とか。お昼には早々に売り切れていました。
定番のイカ料理以外もご紹介。イベント出店だけで出会える「小木カリー倶楽部」さんではタイカレーの一つであるマッサンカレーがお目見え。イベントごとにレシピを変えるこだわりで、今回はイカのいしると塩辛が味の決め手だそう。本格派といえどもお子さんも楽しめる、ココナッツのまろやかさで大人気でした。
もうひとつご紹介したいのが能登町商工会青年部が能登町グルメとして押し出す「メガ焼き」。メガサイズ級なのかしら?と思いきや、メガラスを使用したタコじゃないタコ焼きなのでした。メガラスとは能登の方言でイカの口を意味し、イカ一杯からひとつしか取れない珍味なのです。今回が初実食…ハフハフ…メガラスがコリコリプリプリ!メガラスは筋肉質なことから、独特の触感になるそう。これからは、タコ焼きよりメガ焼き推しになること間違いなしです。
お土産には日持ちするものを、とあれば「和平商店」さんの能登いか煎餅がおすすめ。帰ってからも、ものすごいイカの旨味パンチを味わえる贅沢な一品です。やっぱりもう一回あの新鮮なイカが食べたいという方には、石川県漁業協同組合 小木支所の屋台から冷凍宅配を手配できますのでご安心ください。
能登を凝縮した屋台の数々
イカ以外の魚介類もお肉も農産物も、美味しいものはなんでもござれのイカす会。サザエ、ホタテ、カキの炉端焼きから、お寿司屋さんの本格寿司、「能登豚」の丼ぶりや、サーロインステーキなどなど…自慢の一品が勢ぞろいしていました!
能登杜氏組合では「ふるまい酒」の提供も。注文すると立派な樽からお持ち帰りできる一合枡に柄杓で注いでくれるのですが、そのシズル感ときたらたまりません。しかもこのお酒は、5月に能登で行われた品評会に出品した多くの銘酒をブレンドしたここでしか味わえない特別なものだそうです。
スイーツだって忘れていませんよ。普段は、定休日やイベントのみの出店といった都合で、地元民でもなかなか行きづらいお店が一堂に会しているのが、とっても嬉しい!ヴィ―ガンカフェ&ゲストハウス「梅茶翁」さんでは、集落の梅から丁寧に作った梅ソーダがおすすめ。じんわりすっきりの優しい味わいです。ひらみゆき農園が運営する「nosorato」さんでは、農園で採れるブルーベリーを使ったクレープやドリンク、冷たいスイーツを堪能できます。お土産用のジャムやソースも購入可能でした。
物販のお店もありました。宇出津の「ふくべ鍛冶」さんは、100年以上の歴史を持つ、包丁や農具、漁具といった暮らしに根付く幅広い道具を手がける野鍛冶のお店。看板商品の「イカ割き包丁」はイカをさばくだけでなく、万能包丁としても使用でき、1~2年の注文待ちという知る人ぞ知る逸品です。我が家では待ちきれずに舟行包丁を使っていますが、そちらも小ぶりな万能包丁として大役立ち。その他の色々な包丁と共に販売されていました。いぶし銀のような職人さんたちが和やかに店頭に立たれている様子が印象的でした。
私が購入したのは小木公民館の手芸クラブのおばあちゃんたちが販売していたイカのキーホルダー。よく見るとひとつひとつ使っている布や装飾が違って、それぞれの個性に妙に愛着が沸いてくる作品です。店番のおばあちゃんが一緒におすすめなものを選んでくれました。ちなみにイカに関するものを身に着けて総合受付へ行くとちょっとしたプレゼントがもらえます。
ヨーヨー釣りや金魚すくいといったゲームコーナ―の中でも大人気だったのが、興能信用金庫さんの射的コーナーです。子どもたちの狙う銃先を、職員さんたちが中腰になりながら固唾を飲んで見守り、当たればやんややんやで大盛り上がり。子どもはもちろんですが、普段真面目なイメージの強い職員さんたちが楽しむ姿にほっこりするひとコマでした。
県の調査船「白山丸」に乗船できるここだけの体験
お腹がいっぱいになった後は、腹ごなしに船の中を探索へ。「白山丸」は、小木地区のお隣、宇出津地区にある石川県水産総合センターで、海洋調査や水産資源のモニタリングなどを行うための機動力となっている漁業調査指導船です。その大事な任務のひとつがスルメイカの資源調査ということで、このイカす会にも登場しているのです。
早速船に乗り込むと、デッキの上で海の波の動きを感じられます。停泊している船とは言え、それだけでも非日常の不思議な気分です。見慣れない設備に圧倒されながら進んでいく先々で、何人もの職員さんが白山丸について案内してくださいます。
白山丸は集魚灯とイカ釣り機が装備されており、日本海で漁船と同じ様にイカ釣り操業を行いながら調査をしています。だけど、漁船と違うのがその調査機材と調査技術。深さ500mまで降りて、水温や塩分を測定する海洋観測機器や、コンピューター制御で自動的にスルメイカを巻き上げる自動イカ釣機。他にもレーダーや魚群探知機など。白山丸は全国トップのイカ釣り調査の技術を持っているそうです。
説明を聞きながら進んで行くと目に飛び込んで来たのが「操舵室」。大きな窓の前に広がる九十九湾のパノラマの景色は、まるで船長気分。この場所でハイテクな機材を使い、他の船や漂流物、イカの群れの大きさなどを把握しながら航海していくんですね。
はぁ、満足…。と思ったら見かけによらずまだまだ広い白山丸。階段を数段降りるとあるのが冷凍室。一歩踏み入れるとひやっとした空気に一変。3畳ほどの氷点下の空間には壁一面に木製の棚があり、採集したイカやその他の魚などの調査サンプルを保管できるようになっていました。ここに生き物のサンプルが一面埋まっていたら相当な迫力なのでしょう。
隣の扉から廊下に出ると、船のエンジンを整備するであろう空間や調査員の方々が使うロッカー、食堂や休憩室といった居住空間が広がっていました。さっきの冷凍室の空間もそうですが、特有の無骨さに、映画で見た南極観測隊の船を彷彿とさせるような佇まいを感じ、なんともいえぬ浪漫を嚙み締めていました。
静かな興奮を心に寄せながら、見学は終了。船を降りるとなんだかほっと一息つくような気持ちに。見学乗船とは比較にもならない長い時間を漁や調査で航海に出られるみなさんに思いを巡らせます。
そもそもスルメイカが集まり、漁獲される仕組みはよくわかっていませんでした。その仕組みを世界で初めて明らかにしたのがこの白山丸なんだそうです。さっきまで食べていたような、こんなにも美味しいイカが気軽に手に入るのもイカ釣り漁に出ている漁師さんたちのおかげ。そしてそのイカ釣り漁船の操業を支援しているのが白山丸なのです。船を降りる時には、海やイカたちを見る目が変わっているような気がしました。
泳ぐイカをつかまえるのは至難の技
さて、次はメインイベント「スルメイカのつかみどり&一本釣り」のコーナーへ。巨大なプールでスルメイカたちが縦横無尽に泳ぐ姿は圧巻の一言。一本釣りの方では円筒形の大きな水槽で優雅に泳ぐイカを見ることができ幻想的な光景です。
1回(1匹)500円ですので、受付をお忘れなく。開会前から長蛇の列が並んでおり、このイベントに懸ける来場者みなさんの熱い期待が溢れていました。つかみどりに挑戦する子どもたちは、意気揚々と袖と裾をまくり上げ、軍手をぎゅっとはめて果敢に挑んでいきますが、イカたちはヌルヌルスルスル逃げていき、一枚上手のよう。それでもだんだん要領をつかんでいくようで、イカの様子を注意深く観察しながら「床の方に這いつくばってるやつとるといいよ~」など、子どもたち同士で実感のこもったアドバイスをし合っていました。
とはいえ、やっぱりあまりにたくさんのイカたちを怖がってしまう子も。そんなお子さんには一本釣りがおすすめ。スタッフが一人ひとりに対して横についてくれますし、釣り針をひっかけるイメージで捕まるので、つかみどりよりは簡単になる印象でした。
捕まえたイカは、氷と一緒にビニール袋に入れてもらえるのでお持ち帰りできますが、クーラーボックスがあると安心です。つかみどりを終えた子どもたちや、中には付き添いの大人でもびしょ濡れになることが。この時期の能登はまだ肌寒い日も多い季節。専用の着替えスぺ―スはないので、巻くタイプのプールタオルなどを持参しているとササっと着替えるのに良いかもしれませんね。
実は白山丸の見学でも説明があったのですが、2000年代以降、スルメイカの資源量は減少傾向にあり、サイズも小さくなっているそうです。その原因と考えられているのが日本海の水温上昇。水温の低い北へ移動するイカを追いかけ、小木の漁師さんたちも漁場探しに苦労されているとのこと。
しかもスルメイカは生きたまま管理するのが至極難しい生き物。目と神経が発達していてとても繊細で、驚いたりして壁にぶつかって少しでも傷つくとすぐに弱って死んでしまうのです。
今回もイカす会の数日前から短期集中で、地元の漁師さんたちが協力して集めてきてくれたんだそう。まさに正真正銘の地元のイカです。イベント復活当初は、せっかく生かして獲って帰ったイカがどんどん弱っていくこともあったとのこと。今、目の前で泳ぎ回っているイカたちは、漁師さんたちが、いけすに入れるイカの量を調整したり、イカがやけどしないように手袋をしたり…とノウハウを蓄積しながら結実させた努力の賜物なのですね。
全国の水族館でもほとんど見られないという生きたスルメイカの展示。しかもそれをつかみどりできるなんて!こんな経験をできるのはまさに小木だけ。イカを捕まえた子どもたちは、最初のおっかなびっくりの時とは一変、みんな大得意の満面の笑顔で、それを見た周りも笑顔。イカを実際に追いかけて触って捕まえた経験は一生の思い出になること間違いなしです。
イカ博士への道!食べたあとはイカと海の生き物を知り尽くす
イカに触れられる機会はつかみどり&一本釣りだけではありません。それは金沢大学の鈴木先生による公開授業。イカがなぜうまいと感じるのか?なんていう身近なところからイカの生態を詳しく教えてもらっていました。(ちなみにその答えは、塩分濃度の高い海で身体が溶けたり、菌が増殖したりすることを防ぐために、アミノ酸を多く身体に蓄えていて、そのアミノ酸が甘いからうまいと感じるのだそうですよ。)
また、一見無関係に見えるアンモナイトやアメフラシの標本を子どもたちの手に触れさせながら、イカの仲間である生き物や生態について紹介していて、大人もへ~っと驚き、明日だれかに話したくなるような知識がたくさんなのでした。
みんなお待ちかねの解剖コーナーでは、先生の指示やスタッフの学生さんに教わりながら、足の数を数えたり、墨袋を取り出してみたり。体形を維持している半透明の軟甲を取り出したときには、その繊細な美しさに、ほ~っと溜息が出ていました。あっという間にイカをさばけるようになった子どもたちの成長にびっくり。みんなイカ博士も夢じゃない!
イカす会では、イカだけではなく、他の海の生き物にも触れることもできます。金沢大学臨海実験施設が用意したコーナーでは、タッチプールが用意されていて、アメフラシやヒトデ、ナマコの他に、磯のアイドル、ウミウシも触ることができました。
うみとさかなの科学館や、のと海洋ふれあいセンターのコーナーでは海藻を使ったしおりや、貝殻やシーグラスを板に貼り付けたプチクラフトを体験できました。家族みんなであーでもないこーでもないと言い合いながら、子どもから大人まで夢中になっている様子でした。
イカす会を楽しみ尽くすTips
ここで次回のイカす会にイカせる(かもしれない)Tipsをいくつかご紹介。まず、訪れる最初に気になる駐車場ですが、おとなりの「能登海洋深層水施設あくあす能登」を目指していくと誘導員の方がスムーズに案内してくれますのでご安心を。2023年に関しては混雑はあるものの停められないということはない様子でした。
また、トイレは男女共有の仮設トイレがありますし、落ち着いて授乳したいというお母さんには車で数分のところにある「イカの駅つくモール」には授乳室が完備されています。
屋台を効率的に回るのも一工夫できそうです。みなさんの一番の狙いはやっぱり美味しいイカ。お昼になる頃には人気商品は売り切れも少なくないので、お昼ご飯を待たずにサクッとゲットしておくことをおすすめします。酒類だけでなくソフトドリンクの提供も少なめなので、付近の自販機等で購入されるか、マイドリンクを持参されると安心だと思いました。
また、穴場だと思ったのが能登海上保安署のコーナー。子どもたちには専用の制服が用意されており、マスコットや職員さんと一緒に撮影ができます。なかなか、こういったイベントの機会に家族全員がそろった記念撮影をするのは忘れがち。家族写真を残す絶好のチャンスなのではないでしょうか。
続いて近隣の観光情報のご紹介。まずは車で数分のところにある「イカの駅つくモール」は、イカや九十九湾の情報発信の拠点となっている道の駅です。イカや能登町の特産品のお土産を購入したり、レストランでの食事、遊覧船やSUPといったマリンレジャーを楽しめます。
さらに数分進んだところには「のと海洋ふれあいセンター」があります。館内にはたくさんの水槽や、タッチプール、工作コーナーなどがあり、能登の様々な海の生物に触れることができます。また、磯の観察路を少し歩くだけでも九十九湾の絶景を楽しむことができ、海に親しみ、海を知ることができる施設です。
イカす会に来られた際にはぜひ足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
小木だけの小木ジナルでイカした体験
盛りだくさんのイベントも14時過ぎには終盤に。最後には子どもも大人も参加できる〇×クイズが開催されていました。もちろんクイズの内容の大半はイカにまつわること。どれだけイカで頭をいっぱいにさせれば気が済むんだ!
公開授業やイカの駅の展示を見ていると分かるような内容から、小木のことを知り尽くした住民にしか分からないようなコアすぎる内容まで。最後は勝ち上がった5名で本格的な一問一答クイズへと移行し、大盛り上がりの様相でした。
自分の中のイカに関する知識が明らかにレベルアップしたことを感じ、しみじみしながら帰路に就こうとしていると、最後の最後には、白山丸が汽笛を鳴らして港を離れるという粋な演出も。
イカを通して、小木の豊かな土地で生きてきた人や生き物たちが、大切に育まれているのだなぁと改めて感じることのできる、最初から最後まであたたかで素敵なイベントでした。
小木地区での人口減少に伴う漁業やその他の産業の後継者不足は一筋縄ではいかない課題ですが、イカす会で子どもたちが感じたであろう「美味しかった!」「イカつかんだ!」「船でかかった!」「楽しかった!!」というまっさらな体験は、きっと未来に続いていくのではないかなと思いました。私自身も地元の人々の努力や思いを学び、応援し続けたいと思います。
唯一無二のオリジナル、いや小木ジナルなイベントを通してあなたも「小木人(オギジン)になる」。そんな体験はイカがですか?
記:鹿島 彩加