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漁師の”粋と誇り”が生んだブランド鰤「宇出津港のと寒ぶり」を求めて。

能登町の台所、宇出津港でセリ見学

能登町を代表する冬の味覚といえば寒ブリ。冬の日本海でたくましく育ったブリは、引き締まった身と極上の脂乗りで、江戸時代には「御用鰤」として加賀藩へ献上されるほど価値の高いものでした。

その寒ブリの中でも、宇出津港に水揚げされた10kg以上の天然ブリを「宇出津港 のと寒ぶり」と呼びます。

水揚げされた内の1%にも満たない究極のブリにのみ与えられる称号。今回のコラムでは、セリの現場や地元の鮮魚店を訪れながら、全国の料理人や美食家を惹きつける「宇出津港 のと寒ぶり」の魅力に迫ります。

雪の降る宇出津港

雪の降る宇出津港

一月中旬のある朝、私たちは能登町の宇出津港に辿り着きました。大寒を目前に控えた当日の気温はマイナス3℃。しんしんと降る雪が風に舞い、情緒あふれる漁師町の街並みはすっかりと白銀の世界に包まれています。

もちろんお目当ては「宇出津港 のと寒ぶり」。宇出津港は、日に500〜1,000本、年間にして約200トンものブリが水揚げされる日本有数のブリの産地でもあります。

時刻は早朝6時50分。セリの会場となる漁港内にはすでに多くの魚が並べられ、30名ほどいる仲買人たちがどの魚を競り落とそうか、品定めをしている最中でした。

どうやら今日は良い群れに当たった網が多く、10kg超えのブリが続出しているとのこと。素人目にも脂が乗っていると分かる丸太のような寒ブリに、ブランドの証となるタグが次々と付けられていきます。

ブランドの証となるタグがついた【宇出津港のと寒ぶり】

ブランドの証となるタグがついた【宇出津港のと寒ぶり】

品定めをする様子を眺めていると、ほとんどの仲買人が体をかがめて尻尾の方からブリを見ていることに気づきます。

「全体的にふっくらと、魚体がなだらかな曲線を描いているものほど、脂乗りが良いんだよ」と教えてくれた地元の仲買人。低い位置から見ることで、その曲線をより立体的にとらえる。長年の経験から培った目利きの技が光ります。

ジリジリジリジリジリジリ!

場内にけたたましく鳴り響くベルの音。時刻は7時15分。いよいよセリの始まりです。

アジやサバなどの青魚を中心に、競り人と仲買人の掛け合いが続く中、ついに寒ブリのブロックへ。真打が登場したことで、心なしか競り人の口上も威勢が増したように感じます。

今ここにある新鮮なブリを、今晩どこかで食べられないだろうか…。

そんな妄想を抱いているうちにセリは終了。時間にして30分、あっという間の出来事でした。セリを見学するにあたって手続きなどは不要。漁業者の仕事の邪魔にならないよう配慮さえすれば、いつでもだれでも気軽にセリを見学できるそうです。

仲買人が魚を競り落としていきます。

仲買人が魚を競り落としていきます。

「宇出津港 のと寒ぶり」が美味しい理由

宇出津港は、江戸時代の文献「能登名跡志」で、能登一の漁場と記される奥能登有数の漁港。大敷網と呼ばれる大型の定置網漁が盛んで、年間にして100種類以上もの魚介類が水揚げされます。

宇出津港に水揚げされる定置網は、カネウラ水産、宇出津大敷、藤波大敷、波並大敷の4つ。ときおり中型や小型の定置網にかかることもあるそうですが、市場に出回る「宇出津港 のと寒ぶり」のほとんどがこの4つの定置網で捕獲されます。

巻き網やトロール網のように魚の群れを一網打尽にすることがなく、サスティナブルな漁法としても世界中から注目される定置網漁。そんな自然との共生を大切にした漁を生業とするこの町で、このブランド鰤はどのようにして誕生したのか。詳しい話を聞くため、宇出津港内にある「石川県漁業協同組合 能都支所」を訪ねてみました。

石川県漁業協同組合 能都支所 芝さんにお話を伺いました。

石川県漁業協同組合 能都支所 芝さんにお話を伺いました。

「宇出津港 のと寒ぶりは、地元の漁師さんの想いが詰まったブランドなんです」。そう話すのは総務課長の芝政博さん。

もともとは県が推し進める「天然能登寒ぶり」と同じ7kg以上の寒ブリをブランド化する方針でしたが、漁師を交えて議論したところ「10kg以上じゃないと本物のブリとは言わん!」と猛反発。それから何度も議論を交わした上で、漁師が自信をもってセリに出せるものをと、現状の形で定義づけられたのだそうです。

地元の漁師にとって「宇出津港 のと寒ぶり」は、寒ブリの中の寒ブリ。漁を生業とする能登町の伝統、そして漁師の粋と誇りが生んだブランドなのです。

ブランド鰤といえば富山県の「ひみ寒ぶり」が有名ですが、じつは宇出津港に水揚げされる寒ブリと同じ海域で漁られていることは、あまり知られていません。

能登町沖で漁れるのは、そこからやや北に位置する富山湾沖をすり抜け1〜2日遅れてやってきたブリの群れ。品質に変わりがないのはもちろん、ひみ寒ぶりが魚体6kg以上と定義づけられていることから、希少性ではのと寒ぶりの方が高いとも言えます。

定置網漁の様子

定置網漁の様子

なぜ、富山湾沖や能登町沖で漁れる寒ブリは美味しいのか。それは山々から海へと流れる豊富な栄養素と地形の影響だと芝さんは話します。

「回遊魚であるブリは、夏から秋にかけてえさの豊富な北海道の海域で過ごし、冬が近づくと産卵のため東シナ海へ向けて南下を始めます。その途中で能登半島が天然の壁となって一部の群れが富山湾の中に入り、能登町沿岸の定置網に多く水揚げされる。南下回遊や産卵のために栄養を蓄えたブリは、丸々と太って脂の乗りが最高。厳寒の冬の日本海にもまれることで、身も引き締まり格別な味わいとなるんです」

石川県漁業協同組合 能都支所のみなさん。お忙しい中でも、気さくにお話をしてくださいました。

石川県漁業協同組合 能都支所のみなさん。お忙しい中でも、気さくにお話をしてくださいました。

老舗の鮮魚店で聞く、代表的なブリ料理

宇出津港に水揚げされたブリはその後どうなるのか。真相を確かめるため、朝のセリで70本近くのブリを競り落とした「下平鮮魚店」を訪ねました。

作業場を覗いてみると、4代目の下平真澄さんが今まさにブリをさばこうとしています。

「ブリといえば身全体に脂を行き渡らせるため数日寝かせるのが一般的ですが、こっちの魚屋はほとんど寝かせることはしません。宇出津の人たちはとろけるような食感の刺身ではなく、新鮮な身ならではのコリっとした歯応えの刺身を好むんですよ」

そう話しながら、腹から背中までサシの入った「宇出津港 のと寒ぶり」をさばく下平さん。何本もの包丁を使い分けながら、ときには繊細、ときには大胆に。まるでイリュージョンのように、一本のブリが美しく切り分けられていきます。

1912年創業の「下平鮮魚店」は、地元では名の知れた老舗の魚屋。全国の市場や飲食店、地元の消費者などお客さんの層は幅広く、最近では山間部に暮らす高齢者の食卓を支えるため移動販売にも力を入れています。

「今日は仕入れ値も安くて7~8切れほど入ったブリの刺身を550円で販売することができました。刺身を楽しみにしてくれる山の人たちが多いので、安定した価格でブリを提供できるのは魚屋冥利につきますね。ちなみに僕が好きなのは腹身の中でも骨に近い部位。身が柔らかくて脂もたっぷり乗って、紅葉おろしと醤油で食べると美味しいんです」

さて、お店で購入されたブリは、家庭でどのように料理されているのでしょうか。

「刺身、ブリ大根、照り焼き、塩焼きなどが一般的ですが、能登では身以外の胃袋、心臓、えらなども料理されるんですよ」と下平さん。

現地では「ふと」とも呼ばれる胃袋は、しっかりと湯通しをしたものを辛子味噌やポン酢と和えて、酢の物にして食べるのが一般的。コリコリとした食感が小気味良い、酒のつまみやごはんのお供にぴったりの珍味です。新鮮なブリ一尾からわずかしか取れない希少部位なので、現地で食べたいときは宿や飲食店にリクエストするのがおすすめだそう。

漁ができないときの保存食として重宝された「ブリかげ」は、ブリのエラを数カ月の間塩樽に漬け込み、熟成後に塩抜きをして味噌焼きや味噌たたきにしたもの。そのほかにも加賀藩主が江戸や京への献上品としたとされる「巻鰤」など、能登にはブリを使った伝統食が今もなお数多く残されています。

また、お客さんの要望でコース料理を仕立てることもある下平さんですが、最近金沢のあるお店で食べたブリのあら汁の美味しさに驚いたそうです。

「野菜たっぷりで食べ応えも十分。酒粕の風味もいい感じでした。宇出津出身ということで子供の頃からブリはよく食べたけど、こんな食べ方もあるんだなって。今の時代に合ったレシピをもっと考えられるんじゃないかとわくわくしました」

したひら鮮魚店のみなさん

したひら鮮魚店のみなさん

そんな下平さんの言葉にブリの新たな可能性を感じながら、次なる目的地となる「かみこ鮮魚」を目指します。

目利きの流儀。極上のブリを全国の食卓へ

のと鉄道の旧宇出津駅前から西方向に伸びる宇出津商店街。その一角にある「かみこ鮮魚」を訪ねました。

「寒いやろ!中入りや」とコーヒーを差し出し、温かく出迎えてくれたのは紙子大輔さん。二十年以上にわたって寒ブリを競り落とし続ける、腕利きの仲買人です。

高校卒業後、大阪の企業に勤めていた紙子さんが能登町にUターンしたのは二十代の半ば。家業の鮮魚店を継ぐためでした。仲買人として魚を競り落とすようになったのは、それから数年後。駆け出しの頃は、今では考えられないような失敗もしたそうです。

「相場の何倍もの値段で落としてしまったのは数知れず、素人のようにカレイとヒラメを間違えたこともありました。今でこそ笑える話ですが、当時はプレッシャーとの戦いでしたね」

それから毎朝のセリで目利きの腕を磨いた紙子さん。良いブリの選定について、以下のように話してくれました。

「尻尾の方までいかに肉がついているか。まずはそこから見ますね。脂が乗っているブリは、体全体が滑らかな曲線を描くように丸みを帯びているんです。そのほかにも身にツヤはあるか、色がくすんでいないか、傷がついていないかなど見るべきポイントはたくさんあります」

真剣な眼差しで目利きをする紙子さん

真剣な眼差しで目利きをする紙子さん

競り落としたブリはすべて、自らの手でさばくのが紙子さんの流儀。毎年100本近くのブリをさばき、実際にブリの身を自分の目で確かめることで、目利きの精度は日増しに上昇。さらにその目利きの技は、全国の食卓にも反映されているようです。

「毎年、この時期になると『寒ブリを送って欲しい』といった内容のお電話をたくさんいただきます。孫に食べさせたい、大切な人に贈りたいなど理由は人それぞれですが、常連さんから新規のお客さんまで分け隔てなく、いいものを届けてあげたいというのが僕のこだわり。お客さんの予算や人数、どんな食べ方をしたいかなどを事細かに聞いて、条件にあったものがあれば全力で競り落とす。お届けした後に『美味しかった』と言われるのが、一番の喜びですね」と紙子さん。

のと寒ぶりの魅力を伝えるのも、地元の魚屋の大切な役目。漁師が築き上げたブランドの価値を損なわないよう、目利きはしっかりと。相場がわからないお客さんには直近の推移を伝え、納得のいく値段で購入してもらえるよう紙子さん自身も努力を惜しみません。

そして「かみこ鮮魚」のように、能登町には全国発送に対応してくれる魚屋はたくさんあるようです。

能登町の魚屋さん一覧


店名 地区 電話番号
下平鮮魚店 宇出津 0768-62-0078
かみこ鮮魚 宇出津 0768-62-1248
平体鮮魚店 宇出津 0768-62-0249
かくだ鮮魚 宇出津 0768-62-0225
滝鮮魚店 小木 0768-74-0026
横山鮮魚 小木 0768-74-1189
魚正鮮魚店 松波 0768-72-0418

朝漁れのブリと美酒に酔いしれる

宇出津商店街をぶらついていると、朝ゼリで知り合った仲買人から連絡が入ります。「ちょっと多めに競り落としたブリがあるから、しゃぶしゃぶでもせんか?」。我々スタッフへの粋な計らい。能登はやさしや人までも、そんなフレーズが思い出されます。

新鮮なブリのしゃぶしゃは、歯ごたえが抜群でした!

新鮮なブリのしゃぶしゃは、歯ごたえが抜群でした!

部位ごとに厚みを変えて切り、盛り付けられたブリの切り身。朝漁れの魚体とあって、身は新鮮でキリッと角が立ち、ツヤツヤと光り輝いています。もちろん味も絶品。醤油を弾かんばかりの脂乗りと、コリっとした中にもまろやかさのある食感の豊かさに驚かされます。

ブリを差し入れしてくれた仲買人さんの話で印象的だったのは「ブランド化によって10kg以上の寒ブリに注目が集まっているけど、それに満たないブリも味は文句なし。宇出津のブリはどのサイズも最高なんだよ」という言葉。

漁師の”粋と誇り”によって生まれた「宇出津港 のと寒ぶり」は、仲買人や地元の魚屋の熱意が支えている。そんなことを感じた夜でした。

毎年1月下旬には新鮮な寒ブリを使った丼、鍋、寿司などの料理が勢ぞろいする「のと寒ぶりまつり」も開催。

冬にしか味わうことができない厳選された寒ブリを堪能しに、また来年も能登町を訪れてみたいと思います。

記:吉岡 大輔

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